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稲垣公廟祭

稲垣公廟の林

 田んぼの中にこんもりとした小さな森と祠が見えますが、これは雨内の村ができてからずっと守ってきた物だそうです。
 伝承では、秦河勝家臣の稲垣氏がこの地を開墾したが石が多く開拓に難儀してその過労のため、この地で亡くなった。
 村人は稲垣氏の苦労と功績に報いようと稲垣氏が集めて捨てた石の山に祠を建て 「稲垣公廟」と称し、毎年、
稲の収穫が終わった12月5日に「稲垣公廟祭」または「お頭祭り(おとうまつり)」を行っています。
 お頭または頭屋(とうや)=祭主役の当番5軒は一年間は村のしきたりや他の祭りも司り、昔は1年間は
頭屋の家族も肉類は一切食べられなかったと聞きます。
 また、祭当日は1人五合のご飯を茶碗に盛るが、すべて男性が給仕する事になっています

相生市内探訪 〜和泉式部伝説を尋ねて若狭野を歩く〜 原園龍一 著 より

稲垣公廟 稲垣公廟

以下、高田氏よりの写真提供。 稲垣公廟祭の様子。
稲垣公廟祭 稲垣公廟祭
稲垣公廟祭 稲垣公廟祭
稲垣公廟祭 稲垣公廟祭