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西後明の窯跡

梅ヶ淵池


平安時代、相生市は須恵器の大生産地でした。
相生市にはいくつもの窯跡が存在します。
特に若狭野町西後明の梅ヶ淵池辺りにあった窯で作られる須恵器は
全国に出荷され、京でも多く利用されていたようです。
30年ほど前に訪れた時には、もう窯の後らしきものはなく
池の淵に黒い炭の様な土の部分があり、須恵器のかけらが出土していました。
今は変色した土もなく、須恵器のかけらも出ません。
鹿の出没もあり、そこらじゅうが糞だらけで、違法な罠が仕掛けてある事もあり危険です。
見学はおすすめしません。


池のほとり。
梅ヶ淵池のほとり

昔はこの辺りの土は黒く、少し掘れば須恵器のかけらが出ていました。
梅ヶ淵池

ネッシー…ではありません。
梅ヶ淵池

池から見た後明富士。
梅ヶ淵池と後明富士



この梅ヶ淵池を少し下った山の中に小さな文殊堂があります。
40年程前に本尊の文殊菩薩が盗難にあってからは管理もされなくなり、放置されたままです。
昔は参道があったようですが周りの土地も人手に渡り、お堂は孤立した状態となっています。
ここも鹿の出没があり、罠が仕掛けてある可能性があり危険なので近づかない方が良いです。


しげみの中にひっそりと建っています。
文殊堂跡
上がってみると扉も外れ、壁も無くなってしまっています。
文殊堂跡
作りは確りしており、建てられた当時は立派なお堂だったと思われます。

文殊堂跡

うらから見たところ。屋根は崩れていますが金属製です。
文殊堂跡
文殊菩薩が安置されていた厨子。文殊堂の筆文字が見えます。
文殊堂跡
反対側には西後明と書いてあります。
文殊堂跡
厨子の裏側には『安奉 大正十四年一月二日』とあります。
文殊堂跡
この様な山の中です。周りは鹿の落し物でいっぱいです。
文殊堂跡


お堂に文殊菩薩が安置されたのは厨子に書いてあるように大正十四年の様ですが、
もっと昔からお堂があったのかもしれません。何もないところにポツンとあるので、もしかすると
須恵器の窯が近くにあった事と関係があるのかもしれません。只今、調査中です。